フィルムが消えなかった時代に、フィルムを新しく作りはじめる会社がまたひとつ増えた。今回は出自が違う。ライカのヴィンテージレンズを1:1で復刻してきた中国の光学メーカー、ライトレンズラボ(Light Lens Lab、略してLLL)である。
光学メーカーがなぜフィルムを
2018年に江西省上饒(上饶)でMr. Zhou(周)が設立したLLLは、いわゆる「Replication Project」で知られる会社だ。ライカMマウントとスクリューマウントの希少なヴィンテージレンズを1:1で復刻する。代表作の35mm f/2 Eight Elementは、1958年のSummicron 35mm f/2 v1をそのまま作り直したもので、ライカグロウと呼ばれるあの描写のトーンまで再現したと評価されてきた。
そのためにLLLは、現代の量産ではほとんど使われない処方を引っぱり出す。ヴィンテージのライカやシネレンズの屈折率を出すため、鉛とランタノイドを混ぜたガラスを使う。つまりLLLは「処方を復元する」会社なのだ。光学ガラスの処方を復元してきた延長で、今度はフィルム乳剤の処方に手をつけたことになる。
2025年1月の宣言
2025年1月29日、LLLは公式ブログでフィルムプロジェクトの正式始動を告げた。範囲は小さくない。Tグレイン構造のモノクロ、カラーリバーサルE-6、映画用ECN-2、そしてコダックKodachromeのあのK-14プロセスの復活まで含まれている。インスタントフィルムのピールアパート方式も検討中だという。
鍵は自前主義だ。処方を自社開発しただけでなく、コーティングの自動化装置まで一から自作した。LLLがいちばん強調するのは「自社の処方と自社の装置で、最後まで自分たちでコントロールできる」という点である。レンズ事業はLLLブランドのまま続け、フィルムは別の新ブランド名で出す計画だという。発表の時点で名前は決まっておらず、1年半たった今も公表されていない。
モノクロ乳剤V3を数字で見る
1年半のあいだに最も進んだのはモノクロだ。2025年5月から6月にかけてLLLが公開したV3 tabular grain emulsionの数値をまとめると、次のとおりである。
- 2〜3ミクロンのtabular結晶+少量の1ミクロンのcubic-octahedral結晶
- 感度ASA 125。アンチハレーション層を一体化
- 分光感度域は約380〜700nm。LLLは「民生用モノクロフィルムで最も広い色感度域」と主張している
- 青・緑の増感色素は、今はなきイギリスのある乳剤メーカー由来。赤の増感色素も似た経路
従来型の粒子構造を持つISO 400のモノクロも別に開発中だという。こちらは市販のモノクロ定番フィルムの質感をねらう。
2026年、量産でつまずいたこと
野心は大きかったが、発売までの道のりが軽かったわけではない。LLLは2025年6月に試作の組立ラインを稼働させた。ところが2025年末から2026年初めにかけての生産テストで、2つの現実的な問題が報告された。8×10フィルムのコーティング工程での静電気の問題と、4×5 tabular grainテストでのスクラッチと乳剤の損傷である。フィルムという媒体は、処方と同じくらい量産環境に左右される。そのことがあらためて確かめられた。
2026年5月から6月にかけて、LLLはフィルム生産を上饒のレンズ工場へまるごと移した。レンズとフィルムのテスト、組立、QCをひとつ屋根の下に集めたわけだ。同じ時期に公開されたLLLのメッセージは、次のように要約できる。
フィルムがそれとわかる独自のcharacterを持つこと。光の条件が変わってもコントラストが一貫していること。現像条件が変わっても一貫して反応すること。増感処理に柔軟であること。製造上の欠陥がないこと。
LLLが正式発売を先送りしているのは、とりわけ5つ目の条件のためだ。「工程が一貫し、再現可能で、完全に自動化されるまで」という但し書きを自らつけている。2026年中に最初の商用モノクロフィルムを出すのが現在の目標で、その前に選ばれた販売店、レビュアー、テスターへ試作品が先に配られる見込みだ。
K-14復活の宣言、そして懐疑
ひとつ押さえておきたい。LLLの発表に含まれていたKodachrome K-14プロセスの復活は、ほかとは重みの違う項目だ。コダック本社も何度か「現実的に不可能」と言い切ってきたことで、薬品の原料と現像インフラが失われたのがその理由だった。LLLが自社ラインでどこまで行けるかは、懐疑的に見ておくのが無難だろう。ピールアパート方式のインスタントフィルムも野心は野心で、実物の発売時期はまだ見通せない。
レンズだけの会社でもない。カメラの2本柱
LLLの事業はレンズとフィルムだけではない。カメラも2つの系統で動かしている。
ひとつはSeagull TLR Upgrade Project。中国のSeagull 4 TLRのアップグレードプログラムだ。オリジナルの75mm f/3.5レンズを75mm f/3.5 Planarの処方で復刻し直し(LLLらしく、ガラスの化学組成やコーティングまで同じにする)、内部の機械部品をオーバーホールし、光学部品を作り直す。さらにHasselblad/MinoltaのAcute Matteスクリーンを再製作してピントスクリーンをアップグレードし、フィルムを光軸に対してより平らに押さえる新しい圧板も加える。ひと言でいえば、昔の中級TLR 1台を「LLLの処方で組み直す」プロジェクトである。現在のLLLのメインのカメララインだ。
もうひとつはStandard Camera Project。ライカIIIをベースにしたバルナック型のスクリューマウント・レンジファインダーだ。2022年に最初の写真が流出し、2023年1月の最後の更新のあと、LLLは「現在の生産・組立規模では財務的に非現実的」として保留にした。打ち切りではなく、Seagullのアップグレードとフィルムが軌道に乗ったら戻ってくる、という但し書きがついている。
中国のフィルム業界に加わる、もうひとつの流れ
この動きが興味深いのは、LLLの出発点が違うからだ。ふつうフィルムメーカーは光学メーカーではない。ヴィンテージレンズをガラスの処方まで復元してきた会社が、フィルムの処方、結晶、色素にまで手を広げたのである。
中国のフィルム市場では、Luckyが自社処方でカラーを作り直し、Shanghai GP3が途切れずに生産を続け、Reflx Labが映画用フィルムを一般向けに切り分けて売っている。そこへLLLは、装置から自作して処方、コーティング、QCまで社内で完結させる方向で飛び込む。同じ市場の同じ空白に、別の道から近づく会社がまたひとつ増えたということだ。
2026年中に最初のモノクロ1本を手にできるのか。8×10の静電気をどう抑えたのか。K-14は本当に戻ってくるのか。しばらく見守りたい。
まとめ
- ライトレンズラボ(Light Lens Lab、LLL)は、ライカのヴィンテージレンズを1:1で復刻してきた中国の光学メーカー。2018年に上饒で設立。
- 2025年1月29日、フィルム製造計画を正式発表。TグレインのモノクロからK-14の復活まで、野心的に範囲を広げた。
- 処方、自動化装置、QCラインをすべて自社開発。自前主義が中心のメッセージ。
- 2025年5〜6月、V3モノクロ乳剤が安定(ASA 125、アンチハレーション、分光感度380〜700nm)。6月に試作ライン稼働。
- 2025年末〜2026年初め、8×10のコーティング時の静電気、4×5のスクラッチなど実生産上の問題が報告され、正式発売を延期。
- 2026年5〜6月、フィルム生産をレンズ工場に統合。最初のモノクロフィルムは2026年中の発売を目標に進行中だが、日程は流動的。
- カメラ事業はSeagull TLR Upgrade Projectが中心。バルナック型のStandard Cameraは保留中。
- フィルムのブランド名は1年半たっても未公表。韓国への輸入計画も確認されていない。
参考資料:Light Lens Lab 公式ブログ「Upcoming Projects」, Film Project Announcement, Seagull TLR Upgrade Project, About Us。本文で引用した技術的な数値、日程、事例は、上記の一次資料とPetaPixel、Kosmo Foto、Photo Rumorsの報道を照らし合わせて確認した。この記事の画像や図はすべてLight Lens Labの資料で、使用する際は© Light Lens Labの表記を推奨する。韓国国内での輸入・流通計画は別途確認が必要。