「ライカがフィルムを作った。この一文を、書きながら何度も見返しました。」

2025年はライカIの誕生からちょうど100年の年でした。ライカはこの年を素通りしませんでした。オスカー・バルナックが残した「小さなネガ、大きな写真」をもう一度持ち出して、自社の名を冠した初めての35mmフィルムを出したのです。名前はMonopan 50。単色を意味する「モノ」に、デジタルのモノクロ専用機「モノクローム」をさりげなく重ねたネーミングです。箱にはライツ・ヴェッツラー(Ernst Leitz Wetzlar)時代の古いロゴと、「KLEINFILM(小型フィルム)」というドイツ語まで刻まれています。フィルム1本にここまでやるのかと思いつつ、棚に並んだ姿を見ると、すぐに納得してしまいます。

Leica Monopan 50のフィルム。赤いフタの黒いプラスチックケースと、赤いライカのロゴの下にMONOPAN 50 Black & White Film · 135 | 36 EXPと書かれた黒い35mmパトローネ。
赤いフタに、赤い丸がひとつ。こういう物の前で人が弱くなることを、ライカはよく知っています。 画像 ⓒ Leica Camera AG
Base Agfa Aviphot Pan系(航空撮影用の原反)· ADOX HR-50と同じルーツ
Type スーパーパンクロマチックのモノクロネガ · 超微粒子
Resolution 最大280 line pairs/mm
Spectral 約780nmまで。近赤外域まで広がった赤色感度
Process すべてのモノクロ現像液(自家現像可)
ISO 50
Format 35mm(135)· 36枚撮り · Made in Germany
Price 1本US$10 · 2025.8.21発売

でも、本当にライカが作ったの?

ひとつ押さえておきたいことがあります。ライカはフィルムを自社で作る会社ではありません。Monopan 50の中身はアグファ・アビフォト・パン(Agfa Aviphot Pan)系です。もともとベルギーで航空撮影用に使われていた、赤色感度がとびきり広い原反。そしてこの原反、どこかで見覚えがあります。アドックス(ADOX)HR-50がまさに同じルーツから生まれています。

ADOX HR-50のパトローネ。オレンジと銀のラベルにADOX HR-50、Schwarzweissfilm · Black & White Film、36 · 135と書かれている。
ADOX HR-50。Monopan 50と同じアビフォトの原反から分かれた、事実上の兄弟フィルムです。発売直後から「ガワだけライカなんじゃないの?」と言われたのはこのため。 画像 ⓒ ADOX

2本のパトローネを並べると、あまりにもよく似ています。「ガワだけライカなんじゃないの?」という声が発売直後から出たのもそのせいです。かといって、まったく同じフィルムだと言い切るのも難しい。同じ原反を使いつつ、ライカ側の要望に合わせて仕上げの薬品を調整したのだろうという話があり、実際にMonopan 50はHR-50よりハイライトが少し早く飛ぶという使用レポートもあります。同じ親から生まれたけれど、性格は少し違う兄弟。そのくらいに考えておけば間違いありません。

撮ってみると

航空用の原反という出自が、写真にそのまま表れます。ISO 50という低い感度、最大280 line pairs/mmに達する解像力、そして目には見えない780nmの近赤外まで拾う赤色感度。この3つが重なると、かなり独特なモノクロになります。

Monopan 50のサンプル。崖の上のアマルフィ海岸の町。ドームのある聖堂と石造りのアーチの上の建物、その下に小石の浜と海、奥に山並み。空が深く沈んでいる。
崖の町の石ひとつひとつまで描き出す解像力と、低く沈んだ空。超微粒子と広い赤色感度が一緒に作る絵です。 Leica IIIB · 5cm Summitar · 画像 ⓒ Leica Camera AG

まず、粒子がほとんど見えません。超微粒子なので大きく伸ばしても面はなめらかで、ディテールはぎっしり残ります。街や建築、風景のように線の多い場面では、特に解像力が際立ちます。

コントラストは強めです。階調は広く続いたあと、明るい側でぷつりと白く切れます。やわらかくほどくフィルムではなく、くっきり硬く結ぶフィルムです。そこに広い赤色・近赤外感度が加わって、空はぐっと暗く沈み、霜や雲、白い壁のような明るいものは銀色に浮かびます。レッドフィルターを付けると、その差はさらに開きます。

そのかわり遅い。ISO 50は光を正直に求めてきます。曇りの日や室内なら三脚の出番ですし、晴れた日なら明るいレンズを思いきり開けても大丈夫です。

Monopan 50のサンプル。歳月で剥がれた漆喰壁に穿たれたゴシックアーチの壁龕。中に聖像が置かれ、強い横からの光が壁の質感と深い影を同時に浮かび上がらせる。
古い漆喰壁の肌と、壁龕の中の聖像。強い光の下でも、明るい面と黒い影がそれぞれのディテールを保っています。 Leica IIIB · 5cm Summitar · 画像 ⓒ Leica Camera AG
Monopan 50のサンプル。レンガの建物と非常階段、金網に囲まれた街なかのバスケットコート。何人かが試合中で、ひとりがゴールに向かってシュートを放つ。晴れた昼間。
街なかのコートの昼下がり。レンガ、金網、人物が画面の隅までくっきり。28mmのスナップでも解像力は崩れません。 Leica MP · 28mm Summicron ASPH · 画像 ⓒ Leica Camera AG
Monopan 50のサンプル。白く霜の降りた木が、暗い空を背景に銀色に輝く。木の下に道が通り、凍った野原が続いている。
このフィルムのサインのような一枚。霜をまとった枝が銀色に浮かび、空は暗く沈みます。近赤外まで伸びる赤色感度が作るモノクロです。 Leica M6 · 35mm Summilux ASPH · 画像 ⓒ Leica Camera AG
Monopan 50のサンプル。坂道の上にぽつんと置かれたベビーカー。背後には飛行機雲がX字に交差するドラマチックな空が、暗く広がっている。
丘の上にぽつんと置かれたベビーカーと、その後ろで交差する飛行機雲。暗く沈んだ空が、ありふれた散歩をドラマチックな一場面に変えます。 Leica M6 · 35mm Summilux ASPH · 画像 ⓒ Leica Camera AG

遅いからこそ、いいところ

その低い感度が、損ばかりというわけでもありません。昼間でも絞りを開放にできるので、浅い被写界深度で人物や静物を撮るにはむしろ楽です。コントラストの強いフィルムなのに、やわらかい光の下では肌がなめらかに乗ります。

Monopan 50のサンプル。窓辺で両腕を頭の後ろに回し、カメラを見てほほえむ少女。やわらかな窓明かり、浅い被写界深度、なめらかな肌の階調。
窓辺の少女。明るいレンズを開けて、浅い被写界深度で撮っています。コントラストの強いフィルムですが、やわらかい光の下では肌の階調がなめらかに乗ります。 Leica MA · 50mm Summilux · 画像 ⓒ Leica Camera AG
Monopan 50のサンプル。車のフロントガラス越しに見える、ダッシュボードの上のピーナッツのキャラクター人形ふたつ。ワイパーと葉の落ちた冬の枝がガラスに重なって映る。浅い被写界深度。
ダッシュボードの小さな人形と、ガラスに重なる冬の枝。浅い被写界深度でとらえた、なんでもない一日の一コマ。 Leica M6 · 35mm Summilux ASPH · 画像 ⓒ Leica Camera AG

現像は難しくない

専用の薬品などは要りません。たいていのモノクロ現像液で大丈夫ですし、自宅で現像しても問題ありません。データに迷ったら、ルーツが同じHR-50の数値をそのまま出発点にすればいい。Massive Dev Chartに載っているHR-50の時間、たとえばロジナール(Rodinal)1+25、22°Cで10分のセミスタンドといったレシピがよい目安になります。ひとつだけ。ハイライトが飛びやすいフィルムなので、明るい部分に露出を合わせ、現像を引っぱりすぎないほうが安全です。

で、買う価値はある?

冷静に考えれば、答えはもう出ています。このルックだけが目的なら、アドックスHR-50やローライ(Rollei)系のアビフォトをずっと安く買って、同じ絵が得られます。Monopan 50は、いま出ている135のモノクロフィルムの中でも高い部類です。1本10ドルです。

それでもこのフィルムに手が伸びる理由があります。ライカI誕生100周年という物語、昔の雰囲気で仕立てた4種類のパッケージ、そしてライカで撮るためにライカのフィルムを装填するという、その完結感。フィルムはどのみち手に取って使う物で、物によってはスペック表の外で値段が決まります。Monopan 50はいちばん安いアビフォトではありませんが、いちばんライカらしいアビフォトであることは確かです。その一行に心が動くなら、もう迷うことはありません。

もうひとつ付け加えるなら、ライカがフィルムをふたたび「売れる物」と見たこと自体が、フィルムを使う側としてはうれしい。大きな名前がひとつ、棚に新しい場所を作りました。ガワであれ中身であれ、その場所は残ります。